大阪地方裁判所 平成8年(ワ)6937号 判決 1997年7月18日
原告
破産者中野茂光破産管財人
田中等
右訴訟代理人弁護士
藤川義人
被告
溝端商事株式会社
右代表者代表取締役
溝端延彦
右訴訟代理人弁護士
永田雅也
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
被告は原告に対し、金六〇〇万円及びこれに対する平成八年七月二四日以降支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、対抗要件の否認が問題となる事案である。
一 争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実
1 破産者中野茂光(以下「破産者」という。)は、平成七年一一月八日、自己破産の申立をし、同年一二月二一日、午前一〇時三〇分大阪地方裁判所において破産宣告の決定を受け、原告が破産管財人に選任され就任した。
2 破産者は、中野繊維株式会社(以下「中野繊維」という。)の代表者であったものである。
3 中野繊維は、織物の糊付等を目的とする株式会社である。被告は、織布用経糸糊材の販売等を目的とする株式会社である。被告は、中野繊維に対し、毎月一〇〇〇万円以上の織布用経糸糊材を継続的に販売していた。
4 被告は、中野繊維に対する売掛債権の担保のため、平成六年一二月頃、破産者の所有していた別紙目録記載のゴルフ会員権(以下「本件ゴルフ会員権」という。)を担保取得した。その際、破産者は被告に対し、ゴルフ会員権譲渡通知書を交付したが、右通知書の日付欄、譲受人欄は空欄のままであった(被告は本件ゴルフ会員権につき名義書換手続をしておらず、対抗要件を備えていない。)。
5 中野繊維は、平成七年八月三日、自己破産の申立をし、同月一一日午後四時三〇分破産宣告を受けた。
6 同年九月一四日、被告は、本件ゴルフ会員権をオリエンタルゴルフサービス株式会社に売却し、その後、本件ゴルフ会員権は株式会社ゴルフジャパンに売却され、同月二〇日、紀伊高原株式会社に対し、破産者を譲渡人、ゴルフジャパンを譲受人とする通知書が発送され、名義書換手続がとられ、対抗要件が具備された。
二 原告の主張
1 被告の対抗要件の具備時は平成七年九月二〇日であり、本件ゴルフ会員権の譲渡担保取得時は平成六年一二月頃であるから、権利の移転行為から一五日を経過した後に対抗要件を具備したものである。
2 右対抗要件具備時において破産者は支払停止状態にあったものであり、被告は、破産者が支払停止状態であることにつき悪意であった。
確かに、右対抗要件具備時においては、破産者個人の破産申立はいまだなされてはいない(右申立は、同年一一月八日である。)。しかしながら、破産者は中野繊維ほか一〇社の同族企業(中野織布株式会社のグループ企業)の代表者の地位にある者であり、中小企業においてその代表者個人が自己の代表する企業の債務につき連帯保証をしていることは常識であるところ、同年、八月三日、中野繊維が破産申立を行い、同時に、破産者も支払停止状態となった。なお、一般的にいって、支払停止は一定時点における債務者の行為であるから持続性あるいは継続性を持ったものである必要はないと解されるが、本件のように持続性あるいは継続性を持ったものであってはならないというわけではない。また、そもそも破産者が代表者の地位にある中野織布グループが破産宣告を受けたこと自体、破産者の弁済能力の欠亡を黙示的に表示しているとも評価し得るものである。
そして、被告は、中野繊維及び中野織布株式会社が同時期倒産したことを認識したうえ、平成七年八月中旬には中野繊維に対する破産債権届を提出しているのであって、右対抗要件具備時に破産者が支払停止状態にあることについて悪意であったというべきである。
3 原告は本件ゴルフ会員権に代えてその価額の償還請求するものであるところ、右価額は六〇〇万円である。
三 被告の主張
平成七年九月二〇日の対抗要件具備行為より前に、破産者は支払停止をしておらず、仮にしていても被告は支払停止の事実を知らなかった。
第三 当裁判所の判断
一 証拠(乙第五、被告代表者)によれば、以下の事実が認められる。
1 被告と中野繊維は、昭和六一年頃から取引(被告が中野繊維に売却する取引)を継続してきており、被告にとって中野繊維は大口の取引先であった。その売上は平成四年頃には月二五〇〇万円に昇ったが、平成七年当時は月一五〇〇万円程度であった。
2 被告は、中野繊維は借金が相当あり経営が大変であるとの噂をきき、平成六年一二月頃、本件ゴルフ会員権を譲渡担保として受領したが、破産者の印鑑証明書の期限が切れると差替えてもらっており、平成七年七月二〇日頃にも二度目の差替えを破産者に要請し、同月三一日頃右差し替えを受けた。
3 被告代表者溝端延彦(以下「溝端」という。)は、同月末から同年八月一〇日頃までインドネシアに出張しており、右出張前は中野繊維が倒産するなどの認識はなかった。
4 溝端はインドネシアで社員から中野繊維がおかしくなっていると聞き、帰国後倒産したことを確認した。その後、同年八月末頃、裁判所から債権届の用紙が送付され、同年九月中頃債権届を提出した。なお、前記本件ゴルフ会員権の対抗要件具備行為以前において、破産者が個人として支払停止行為をした事実は窺えない。
二 以上を前提に考察する。
1 本件においては、会社代表者個人の財産につき、右個人の対抗要件具備行為の否認が問題となる事案であるところ、破産法七四条の「支払の停止の後」又は「破産の申立の後」の要件を充足しているかどうかが問題となる。すなわち、本件では、対抗要件具備の時点においては、代表者個人としての破産申立はいまだなく、個人としての支払停止の事実もなく、その会社の破産申立があるにすぎないのであるが、そのような場合にも右規定の適用があるかどうかが問題となるのである。結局、会社の破産申立をもって、代表者個人の支払停止と同視し得るかどうかとの問題に帰するものである。
2 代表者個人と会社が法人格が異なり法的に同視し得ないのはいうまでもないところであるが、他方、原告の主張のとおり、特に中小企業においては、代表者個人が会社の主な借入等について連帯保証をしており、会社経営が破綻すると同時に代表者個人もまた破綻することとなることが多いことも事実である。
しかしながら、破産法七四条の法意は、対抗要件充足行為も本来は法七二条に基づく否認の対象となり得るが、原因行為に否認の理由がない限りできるだけ対抗要件を具備させることとし、一定の場合にのみ特にこれを否認し得ることとしたと解すべきものである。
したがって、右法意によれば、中小企業において会社が破綻すれば代表者個人も破綻することが多いとの前記のような実態が存するとしても、破産法七四条の適用を免れるために右代表者個人と債権者とが相謀ってことさら右個人の破産申立を遅らせる行為に出る等の特段の事情のない限り、会社の破産申立をもって右個人の支払停止と同視することはできないというべきである。そして、本件においては、前記認定事実によれば右特段の事情を認めるに足りず、他に右事情を認めるに足りる証拠はないから、本件は破産法七四条の要件を充たしているということはできない。
三 以上によれば、原告の請求は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官村田文也)
別紙目録<省略>